アップルはマーケットリサーチをしないのか

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伝統的なマーケティング・リサーチとデザイン思考で用いられるデザインリサーチの違いを説明するときに、デザインコンサルで著名なfrog出身のルーク・ウィリアムスが著書「デザインコンサルタントの仕事術」で記した次の文章が頭に浮かぶ。

「『アップルは顧客調査をしない』という話をよく耳にする。マーケットリサーチの必要性を当議論によく出てくる話だ。しかし実際のところ、アップル社のデザイナーもリサーチをする−ただ顧客動向分析の教科書で見られるような伝統的な手法ではない、というだけだ。それは手軽に即興で行われ、製品が使われている文脈に対する鋭い観察によって行われる」Loc.614

(中略)

「私が知りあったアップル社のデザイナーは、誰もがこの文脈に対する意識を持っていた。競合他社の見落としている、小さくとも決定的に重大な部分に彼らが敏感な理由は、それで説明できそうだ。彼らはみな製品の置かれた文脈を他人の説明に任せず、自分で調査する」Loc.614

 

この文章の肝は3つある。

それは「手軽に即興で」、「文脈に対する鋭い考察」、「自分で調査」である。

新たなアイデアを見つけ出すことを目的とした場合、高額な費用をかけて何ヶ月もかかる「正式な」リサーチをするよりも、デザインや企画をしている当人が自ら観察しそこから湧き上がってきた問題意識を質問した方が発見が多いものである。リサーチャーは、観察やインサイトを導くためのプロだが、デザインそのものや商品の知識や経験は当事者が一番持っているからである。そのため、この両者はチームを組んで観察と気づきの整理をするとより効果的なのだが、デザイナーや企画者、マーケターが自らの課題意識を元に、即興でカジュアルなリサーチはいつなんどき費用もかけずに実行することができる。

そういえば、かつてソニーのファウンダーの一人、盛田昭夫さんは次のようなことを述べている。

まずモノをつくって、それがなぜ必要なのかを喚起していく。これがマーケットクリエーションでしょう。私はマーケットサーベーに頼らない。「あなたは何が要りますか」と聞いてつくったんではおそいんですよ。

スティーブ・ジョブスもこれに近い考え方であることを表明していた。

しかし、この意味するところは、文脈から離れた会議室やリサーチルームで行うグループインタビューやアンケートを指していたのではと思われる。

確かに、私の前職でもあるソニーの商品企画者やマーケターは、家電店の自分の担当する商品コーナーに何時間も張り付いて顧客が何を見ているか、手にとっているか、操作しているかを自社他社含め観察する日を設けていた。これは別にフォーマルに決められて行っているわけではなく、自主的に行われていて、かかし作戦と呼んでいる担当者もいた。

その他にも、試作品を持ち歩き、ターゲットとなる若者の通っていいそうな大学の前で街頭で突然話を聞いてみるなど、ゲリラ的にそして愛情を持って自分の担当する商品を磨き上げていくというプロセスも行っている。

こうしたアプローチは、もう私が入社する前の1980〜90年代から普通に行われていたやり方で、客観性に欠けるなどと言われがちだが、今思うとデザインリサーチとプロトタイピングのサイクルを担当者が自らやっている好事例だと思う。

たくさんのデータを集めて統計的に関連性がわかることと、少ない事例から深く共感してわかることは、一見対立するアプローチのようにも見える。しかし、それは対立ではなく目的が違うだけで、ユニークな面白いアイデアを生むにははじめから統計的にまとめられた情報を見に行くよりも、観察しながらじっくり深く文脈を理解することの方が有益であろう。

最後に、自分で調査することの重要性を「U理論」の著者であるオットー・シャーマーも別の文脈から同じことを述べているのを引用してみたい。

「観る能力を開発したいなら、最初にやらなければならないことは状況(コンテクスト)に入っていくことだ。(中略)状況の複雑さが増せば増すほど、外部に委託しないことが重要になってくる問題との接触を保ち、状況の展開から離れないことだ」(『U理論』p177)

これはfrogのルークが言うように、マーケティング・リサーチ会社に調査を依頼し、結果だけを閲覧してもユーザーの文脈に浸り共感することは難しく、更に当事者であれば気づきが起きた瞬間を見逃すことになる、ということを述べている。

この辺りは、確かにその通りで、フィールドワークを行うときにチームメンバーにクライアントの担当者が同行することで、気づきが変わり深い洞察が得られるものである。そのような意味も込めて私はフィールド調査にも、できればクライアントの方とともに行うことに価値を感じている。

 

参考図書
デザインコンサルタントの仕事術

U理論――過去や偏見にとらわれず、本当に必要な「変化」を生み出す技術