定量調査と定性調査の補完関係「数字や数量の大本には生々しい現実がある」

電通報に興味深い指摘がありました。丸の内ブランドフォーラムの片平秀貴さんの発言です。[リサーチの思想とは何か ―原点から調査の今を見つめ直す―②

「マーケティング・サイエンスは主に数量を取り扱いますが、数字や数量の大本には生々しい現実があるはずです。

例えば、回帰分析にきれいな点があるとすると、僕はその点のうちの3つでも5つでもいいから必ずリアリティを見てこいと言ってきました。1つの点が1人の人間だとすればその人に会うべきだし、3つか4つ会えばだいたい実感が湧くだろうと思っています。数量にまとめればまとめるほど積み残したものというか、それを生み出している人間に働きかけてなければならないということです。」

ネット調査などのデータ分析で500や1000人の回答を元に、現製品やサービスの実態の把握や将来ニーズの予測を行うことはよくあることです。実際、私も2010年前後には多いときは年間チーム全体で大小100案件近くのマーケッティングリサーチに携わった経験があります。その中で、定量調査と言われるものの比率は高く、7割はあったのではないでしょうか。

定量調査のデータは、元々はアンケートの質問票を悩んだり考えたりして記してもらうという生々しい思考の結果です。しかし、選択式の問いは、予め決められた回答に落とし込まれるため、思考のプロセスは抜け落ちます。あなたはA社のブランドをどの程度好きですか?と聞かれれば、10秒近くうーんと考えてどちらかといえば好き、を選んだとしても、その悩んだ時間や思考は反映されません。

自由回答はそれを補完するものですが、あまり多いと回答者への負担となるのでせいぜい1〜2問に留まります。

数値になった回答者の思考の結論は、統計的に処理され更に単純化、抽象化されます。たとえば、顧客の意思決定の分析を行うには多変量解析という複雑な統計モデルが使われることも多いです。その場合、分析結果を読み取るには専門的な知見が必要となります。

たとえば、あるブランドを選ぶ理由に性別や年収の要素が強い、というならまだわかりやすいのです。しかし、もっと抽象的な要因である信頼性の高さが重要な要因となった場合、その信頼性とは何を具体的に指しているでしょうか。その先、その結果からどのような戦略を立てるとよいのかは具体的な議論に活かしづらいはずです。ありがちなのは、そうしたレポートをマーケティング・リサーチの部門や依頼先の会社が提出すると、実務部門は心の中で「それでどうすれば・・・」とつぶやき、ご苦労さまとそっとレポートを机に置き、それっきり見ないという展開があります。

前職でそのような場合は、別途フォーカス・グループインタビューや会場調査のようなリアルに人を観察する方法を活用することもありました。独立後は、元々定量調査はあまり行わず、事前に既存調査の内容を調べておおよそのデータを洗い出し、直接エスノグラフィやデプスインタビューを用いて理由を探りに行くことの方が多いです。もし定量、定性どちらも実施するとなると、なかなか費用のかかる話です。

定量調査からは広く浅い結果ですが、数字のインパクトを用いて説得するのに向いている。一方、定性調査は深い発見がたくさん得られるが、何人の意見だ?と言われると途端に説得力を欠く傾向があります。

一方で、片平さんの指摘の通り、統計的に十分なサンプルを抑えていたとしても、統計分析の対象者の何人かに会いに行くというのは、エクセルの中の無機質な数値と化した人々の情動や本音に触れる貴重な機会となります。逆に、それなくして、実務家が施策を考えるのには十分な情報にはなりえないのではないでしょうか。

だからこそ、ここ近年は回答者の結果だけを見るのではなく、回答者の生活の場で、思考のプロセス自体に触れるという意味で質的なリサーチが支持されやすくなってきているのだと思います。

そういえば、その昔、私が修士論文のプロジェクトを行っていたとき、指導教授に30サンプルでもいいので直接対象者に依頼に行ってどんな人かを知るのと同時に分析した方がよい、と助言をもらったことがあります。当時、私は、統計的信頼性を重んじるばかり、数百のデータが得られなければ研究が成り立たないと思いこんでいました。その指摘は、私が統計解析というツールを使いたいがための研究なのか、実際に私がフィールドとしていた市の医療福祉サービスに少しでも貢献できる研究なのか、その視点が問われていたのだともっと大人になってから気づきました。

片平さんの指摘は、長らく定量と定性のメソッドとしての対立点であったとは思いますが、実はうまく相互に補完して活用することで、より深みのある発見がリサーチから得られる本質をついています。

余談

私が、2003年に新卒で入社した会社では、先輩から片平秀貴さんの「マーケティング・サイエンス」を読んで勉強するように言われたものでした。なるほど片平さんの本には、曖昧なマーケティングを数理を使って概念化、指数化、解析するための方法が丁寧に記されていました。我々の部門では、特にマーケット・セグメンテーション、プロダクト・マップ―消費者知覚の測定、選好分析―選好回帰とコンジョイント分析、新製品の売上予測の分野を実践で試してみました。特に、選好分析について、ここまで理論的に書かれている本がその当時見当たらなかったです(価格と属性の関係については特に)。

それから15年あまりが経ち、再びこの本を見返しても、重厚な内容は相変わらずでこの本が学部生、大学院生向けとあるから、しっかり学んでからマーケティング部門で実践と合わせて深めていけたら、さぞ楽しいのではと思わされます。ビッグデータも大切ですが、小規模、中規模データを活用して得られる実務に活かせるインサイトは多いと考えます。