観察やインタビューで事実を拾い集め、柔軟な頭でアイデアを創りだしたら、その先にはそのアイデアをサービスや商品として実社会に出していく段階が待っている。それは、イノベーションを証明する(Demonstrate)という段階に該当する。この段階では重要なのは、これから販売しようとしている商品やサービスが、実際に顧客に選ばれる確率がどのくらいあるのかを証明してみせることだ。
そのためのツールのひとつにコンジョイント分析というものがある。名前が少し馴染みにくいような気もするので、「最適な組み合わせを見極めるツール」とするのがよいかもしれない。面白い商品やサービスができそうだが、「上層部をどうやって説得するといいのか根拠が乏しい」、「売れるという根拠はあるのか?」と聴かれた時のエビデンスとして使えるであろう。
10年ほど昔、ビデオカメラのマーケティングに関わっていた時に、当時はまだなかったハードディスク型のビデオカメラがもし市場にあれば、テープやDVDのモデルに比べて何割増しで強みになるのかを分析したことがあった。当時、コンジョイント分析を用いたところ、2〜3万円高くても圧倒的に1位モデルになるという試算が出た。その数年後その市場状況になったことはこの分析方法の有効性を物語っている。もちろん、そのようなマーケットに変える努力をした会社の推進力こそすごいのだが。
もしあなたがカフェを開くとしたならば
たとえば、ビジネス街の駅前にカフェをオープンするとするためのプロジェクト・マネジャーに任命されたとする。ビジネスパーソンが多い都心のこのエリアには、どのようなカフェが求められているのかと思い、社内で議論したり、周辺のカフェ利用客にインタビューを重ねた。その結果、どうやらこの地域の顧客のカフェ選びには次の5つのポイントが重要であることが浮かびあがってきた。
- コーヒー1杯の値段
- 快適な椅子
- 電源の有無
- Wifiの有無
- 禁煙
要素はわかったものの、それではそこそこの味のコーヒーを出し、電源もWifiもあり快適な椅子があり禁煙であれば、ある程度高くてもお客さんは来てくれるのだろうか。そして、ある程度高いとは一体いくらまでなら許容されるのだろうか。
そこでプロジェクトチームは、周辺のカフェのコーヒー1杯の相場を調べてみた。すると、190円、320円、500円という設定があることがわかった。しかし、見たところ500円のお店には、パソコンを開いて仕事というよりはコーヒーを純粋に楽しみに来ている客層が目立った。一方、190円と330円のお店には、ノートパソコンを開いて仕事をしているビジネスパーソンが多いようだった。午後は満席のときも見受けられる。
そこで、プロジェクトチームはこれらのリサーチを元に、ビジネスパーソンが気分転換に仕事にも立ち寄れるカフェを作るという方向性を固め、電源有り、Wifi有りの分煙で禁煙席のある店作りをすることにした。
その一方で、価格設定については依然悩んでいた。周りのお店はWifiや電源の整備状況は今一進んでおらず、設置すれば大きな差別化になると考えたからである。
Wifiや電源を備え、仕事が快適にできるように椅子も上質なものを設置すればその分だけ開店コストがかかる。店の魅力は高まるのだから、強気の500円の価格設定が可能かで悩んでいた。
テストして確かめる
実際に店舗の仕様を固める前に、テストを行うことにした。そこで力を発揮するのが最適な組み合わせを見極めるツール、コンジョイント分析である。
この方法を使うには、10年ほど前だと高価なデータ分析パッケージが必要だったが、今はRというフリーアプリを使えば可能である。プログラムの組み方と設計、分析結果の読み方にいくらか経験が必要でもある。
この方法の利点は、組み合わせの各要素の価値を金額とともに把握することができる点にある。
これまでにあげた要素を書き出してみると下記のようになる。
- コーヒー1杯の値段 190円/320円/500円
- 快適な椅子 有/無
- 電源の有無 有/無
- Wifiの有無 有/無
- 禁煙席 有/無
実に計48パターンの組み合わせで店作りができることになる。かなり多い。
では、全部の組みあせで試せるのか。テストなので紙でやるにしても時間の無駄であるし、人は多すぎる組み合わせを正しく評価できない。
コンジョイント分析では、そこを間引きながらも精度を確保できる方法(実験計画法)を使う。それを行うと、8つの組合せを試せば、各要素の価値を十分に分析可能である。案a〜hまでを一覧化すると次のようになる。
この一覧表を元に、見込み客となる人々にお願いして得点をつけてもらってもいいし、カードにして並び替えながら順位づけをしてもよい。どのような形式で尋ねるかは、できるだけ実際に顧客が体験する選ぶときに目にする情報に近い方がよい。
質問はこんな感じでするとよい。
「駅周辺にa〜hのサービスを提供しているカフェがあります。それぞれ提供サービスの内容が異なりますが、あなたならどこを利用したいと思いますか。10点満点でそれぞれに点数をつけてください。ここに入っていない要素は全て同じと仮定します」(最も利用したいを10点)
回答する様子を観察すると気づきがたくさん
この方法は、アンケートのように自分で回答してもらい結果を後でデータ分析するアプローチをとることが多いが、実際はどのような視点で並び替えを行っているかを観察するとおもしろい気づきがある。回答者は、いろいろつぶやきながら回答しているものである。できれば対面インタビューで回答をしてもらうといい。大量のサンプル数を確保するのもよいが、個人的には10〜30人の小サンプルでも、対面で選んだ理由をじっくりインタビューしながら得られる知見は広く深いと感じている。
それにもしかしたら、ほんとうに大事な要素はこの中に入っていないかもしれない。それを防ぐには、身の回りで実験をして納得感があるかを事前に試しておくことも大切である。
結果からどんなことがわかるの?
参考までに100人分のデータを見てみよう。(自主プロジェクトのサンプルデータより)
重要度は、この5つの要素の中での優先度が出ている。どうやら、禁煙席があること、一杯のコーヒーの価格が大きな比重を占めていることがわかった。ではそれぞれの中身(水準)を見ていこう。
このチャートは、各要素に対する回答者の好みの度合いが出ている。たとえば、禁煙席があることは、大きな魅力になるが、ないとそのマイナスも大きい。コーヒーの価格は、190円と320円の魅力はそれほど大きな差がないが、500円は高すぎるという反応が見える。
*注:部分効用値というのは、好みの度合いを数値化したもの。前提条件として、この数字が一番大きくなる組み合わせが、顧客に選ばれるとする。これはあくまで前提で、実際はそうならないこともあることが行動経済学の実験で明らかにされているが、何か決まりがないと計算できないのでそうするようになっている。経済学や統計学は、このような前提条件が実際はかなり多い。だから実情を見ながら結果を解釈していくことが大切。
懸案だった電源、wifi、椅子については、快適な椅子の価値は高いが、電源とWifiは圧倒的な価値にはならないようである。
仮に、周辺にある店舗の条件で合計の数値がいくつになるのか計算してみる。
ライバル店の一つは、次の条件である。
- コーヒー1杯の値段 190円(0.8)
- 快適な椅子 無(−1.0)
- 電源の有無 無(-0.5)
- Wifiの有無 無(-0.5)
- 禁煙席 有(1.8)
合計0.8
一方、我々のプロジェクトの想定
- コーヒー1杯の値段 500円(-1.4)
- 快適な椅子 無(−1.0)
- 電源の有無 有(0.5)
- Wifiの有無 有(0.5)
- 禁煙席 有(1.8)
合計0.4
この条件だと顧客はライバル店を選ぶことになってしまう。
選ばれるためには、コーヒーの値段を320円まで下げるか椅子を快適にするかが必要である。プロジェクトチームのメンバーは、この結果を参考にしながら、価格で勝負するのか、それともコストをかけて高品質の椅子を置きお店の価値を高めるか、はたまた、この要素にない部分を強化することで価値を高める第三の道を探すか、決断までもう一サイクルテストを続けるのだった。
以上、コンジョイント分析の基本的なポイントをまとめてみた。これらの他にも、多数の組み合わせを容易して市場シェアを仮想でシミュレーションしたり、サービス有無による金額価値をより細かに算出することもできる。
さまざまな数字を出すことができるが、最終的に施策に落とし込んで実行するときは、このアウトプットをどのように解釈し使うかが腕の見せ所である。私がこれまで仕事をした中で、優れたプロジェクトリーダーは仮説で設定したよりサービスの価値が低かった場合でも、それをどうしたら高められるか、今の価値を伸ばすことを考えられる人だった。そのためにも、現時点の価値を科学的に抑えておくのは役に立つ。
分析対象となるプロジェクトもサービス業もあれば、メーカーもあれば、ホテルや不動産、教育、人材、あらゆる分野に応用可能なパワフルなツールである。
注意点
最後に、注意すべき点を箇条書きでまとめておきたい。
- 平均化される盲点:カフェの事例であれば100人の回答の平均値であることだ。回答の傾向に偏りがないかも吟味する必要がある。もしかしたら100人の内、30人は圧倒的に電源とWifiがなければ他の店に行くという考え方を持っているかもしれない。それを調べるには、ひとりひとりの回答傾向を眺めていくか、似た回答者をグループ化する方法(クラスター分析)を用いて傾向チェクをすることが必要である。
- 制約条件が多い中での回答:与えられた情報の中で評価が行われる、かなり実験的な方法であることは留意しておかなければならない。実際の顧客は、より複雑で多様な情報を見て実際は決めているし、気分によっても変わる。しかしながら、研究室の実験と同じで要素を絞りこまなければ検証は難しいため、できるだけ事前のリサーチで重要な要素に絞り込んで行う。
- 数値価値だけではなく感性価値も含む必要性あり:デザインのように目で見て印象が変わる場合には、その要素を含むことも不可欠。
- 耐久消費財を分析するときは価格の扱いに注意:たとえば、車の水素エンジンのように搭載すれば明らかに値段が高くなる組み合わせがある場合、コンジョイントのカード設計時に、価格を属性に含めず各属性の水準ごとに付与する方法が有用。