自分モードにスイッチを切り替え、妄想を育てるためのアプローチ

 

著者との出会い

戦略デザインファームBIOTOPE(ビオトープ)を経営されている佐宗さんの著作です。

佐宗さんとは、前職のソニーで少しだけ仕事をご一緒した縁で、それぞれの留学時代に交流を持ち、独立後は仕事でもご一緒する機会をいただいています。

私がはじめて佐宗さんに会ったのは、まだイリノイ工科大学に留学される前でソニーのグローバル・マーケティング部門にみえた2010年でした。

その当時、私は中国・上海支社に赴任しており、著作の103ページにある「顧客起点の商品開発プロセス」をつくる全社タスクフォースの会議に参加するため東京本社を訪れていました。世界中の各支社から2〜3人が参加していたため、20〜30人のそれなりの参加人数だったことを憶えています。

控室で会場に案内されるのを待っていた私たちに対して、当日のファシリテーションを担当されることと簡単な自己紹介に来られたのが佐宗さんとの最初の出会いでした。

どこか独特な雰囲気で、穏やかでよく通る声で柔らかく場を掴んでいる感じがしました。自分も周りにはあまりそういうタイプの人がいなかったので、そのたった1分程度の第一印象がずっと印象に残っています。いや、もしかしたらそこから二日間続いた彼の英語によるファシリテーションのシャープさと、一人ひとりと対面し丁寧にメモをとりメンバーたちとの対話を真摯に行う姿が印象に残り、記憶を上書きしたかもしれません。

ただ、佐宗さんも記されているようにこのプロジェクト自体はうまくはいきませんでした。理由は本書にある通り現地のトレンドの変化と巨大組織の意思決定のスピードが追いつかなかったことに加え、エンジニアやデザイナー、あるいは現地の優秀なクリエイターたちがそれぞれに妄想を起点にものごとを考えていたからだと思います。(もともとソニーには、マーケットリサーチに頼るなと創業者が言ったものでした。このことは以前書きました。)

それから、デザインメソッドの修士課程に留学しデザインセンターに異動され、独立。多数のプロジェクトで理論と実務を行き来され、大学でも教鞭を取りながら二冊の本を出版するというインプットとアウトプットのサイクルを高速で回し続けておられる稀有な人物です。

この二冊目の著作「直感と論理をつなぐ思考法 Vision Driven」は、私も独立して仕事をするなか、何度ももやもやしていた点に対して深く掘り下げてくれており非常に共感する箇所の多い力作です。

ちょっと仕事の文脈を中心に気づきと感想を書いてみたいと思います。

  

なぜ妄想が大切なのか

特に2017〜18年に、佐宗さんのBIOTOPEと共に参画させていただいた新規事業開発やブランド立ち上げ、ビジョン開発に関するプロジェクトでは、クライアントの妄想を導き出し語り合い育てていく取り組みを初期段階でしっかりされていることが印象的でした。

現場で学んだ経験とともに、本書を読んだことで改めてなるほど、と思わされました。

経験上、新規ブランドや事業を立ち上げる仕事は、客観的な視点に準拠した思いや考えだけでは、ほとんど場合アイデアの提案段階で頓挫する確率が高いです。

事業案の決済を通し実現に向けて動かすには、多くの人々を説得し突き動かしていく必要があります。

しかしながら、クライアントの誰しもがはじめから強い妄想を持っているわけではありません。もしくは妄想はあっても、個人の中に眠っていてメンバーからは見えない状態です。

多くの場合、特に大きな会社の場合、新規事業の担当者は会社から任命されて新しいことを生み出すことをミッションに動いています。アイデアづくりまではできても、実現には、その部門を超えたところで承認され、予算を確保していくハードルを超える必要があります。

そうなると、多くの場合は、社内を説得できる強い根拠を持ちたいと思うものです。そして、それは将来の市場規模予測や潜在顧客のニーズなどの数字だったりします。いわゆるデータ・ドリブンのアプローチです。

しかし、面白いアイデアは現在の延長線上にないはずで、今の延長線上で検証すると、たいていの尖ったアイデアはみな丸くなって面白みが消えるという結果になります。

たとえば、弊社でもよくプロジェクト中にあるケースとして次の一言があります。段階としては、アイデア創発のワークショップやその後に強いアイデアを10個程度に絞り込まれた状態です。

「定量データで確かめて数字で序列をつけたい」

現在ない事業アイデアや商品やブランドを、それによって得られる体験情報が乏しい段階で定量的にアンケートやインタビューで確かめるのは、現実的ではありません。

結果はだいたい、対象者が想像し理解できるどこかで既に見たことがあるアイデアが「ニーズあり」となります。それならば、限られた信頼できるご意見番となる対象者の10人にでも、実際に触ってもらえる試作品を試す様子を観察したり、感想を聴いた方が有益でしょう。(もっと有効なのは、意思決定者になる「偉い人」にもその試作品を試してもらうのが一番はやく効果的だと思います。)

第一、客観的にニーズが証明されたからという理由で、その事業案に魂を入れて引っ張っていける担当者というのはあまりいないように見受けられます。何か障壁が現れたときに、それを振り払うだけの執着が少ないからです。

だからこそ、そのアイデアがなぜ必要であるかを語りきれる妄想による愛というか執着が必要だと思うのです。妄想がプロジェクトの早い段階で共有され意識されることで、妄想発のビジョンが、ここぞというときに判断の基準になります。

 


妄想は育てられるのか

では、妄想やビジョンが弱いクライアントは、面白い事業を企画していくことが難しいのでしょうか。また新規事業がうまく行かなかったときに、クライアント側に課題があるとだけいってしまっていいのでしょうか。

「数々のイノベーションに関わるなかでわかったのは、成功するプロジェクトとそうでないプロジェクトの違いは、そこに『妄想』を持った人がいるかどうかでしかないということだ。眼の前の世界はどんどんと移り変わっていくし、短期的には失敗や障害も出てくるだろう。その長い失望の期間に耐え得るのは、あなたの内面から掘り起こした「好き」や「関心」をおいてほかにない」

「直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN」255ページ

本書「直感と論理を繋ぐ思考法」を読んだり、佐宗さんの率いるBIOTOPEとのプロジェクトを通して改めて確信したのは、プロジェクトの初期にその妄想を解放し、語り育むフェーズを丹念に持つことの重要性です。

プロジェクトメンバーで妄想を語り合うことが、実はプロジェクトをよい方向性へと導くための錨にもエンジンにもなってくれるのです。

そもそもその場に集うメンバーがめざす理想とはなにか?それは会社だけでなく、個人の人生観からもにじみ出てきます

もし、そこが極めて弱くなってしまうと判断がすべて「他人モード」になり軸を失いプロジェクト自体が空中分解するリスクが高まります

「上が興味をもっているから」。

そう言われて、筋がよかったアイデアから、並みのアイデアへと決定が覆り、社内承認の紆余曲折の末、投資するほどの構想にはならないとボツになるケースをいくつも見てきました。

私も大企業で働いた経験から、上長を説得するのに個人の妄想だけでは通らないということはわかります。共感を生む説得材料をさまざま揃える必要があるでしょう。

一方で、新規事業や新ブランドで見たことがないようなものを企画しようとしているときには、アラン・ケイが言うのように、もはやそれを予測することなどできず、そのプロダクトやサービスがある世の中を実現したい!と誰にも止められない想いが必要ではないかと思います。(ほんとに止められない人は起業しても実現します)

The best way to predict the future is to invent it.

未来は予測するものではない。
自らが創るものだ。

アラン・ケイ(米国の計算機科学者、パソコンの父)

そんな妄想をどうやって見つけ育てられるのか、本書は具体的な方法と作業の手順にまで言及しています。モーニングジャーナル、ビジョンスケッチ、ムードボードなど、細かなところは書籍を読んでいただければと思います。

さて、仕事の文脈で感想を記してみましたが、本書のテーマとしては読みて自身がビジョン駆動になるために、がメッセージだと思いますので最後に、自分自身に対する視点でも感想を。

  

他人モードから自分をどう解放するか

情報過多でスマホやPCから絶え間なく通知が届く最近の生活では、自分の集中時間が極めて細分化される傾向があります。いやもしかしたら長時間まとめて集中などできなくなっていると言ってしまってもよいのではないでしょうか。

そのことは、以前読んだニコラス・G・カー著「THE SHALLOWS」(邦題「ネット・バカ」)でも詳細が認知科学のアプローチで分析、考察されており興味深いです。デューク大学の文学部の教授が、名門大学の現役学生ですら本を一冊集中して読み深く思考することが難しくなっていると述べ、その情報のとり方が情報の断片をネットからスキャンするようになっていると述べています。

本書では、他人モードの情報が次々と去来して集中だけでなくその人の自分モードを奪っていくと述べています。

「自分モード」のスイッチを切ったまま日々を過ごしていると、僕たちは「何がしたいのか」を思い出せなくなる。「君はどう思う?」と意見を求められても、そもそも「自分がどう思うのか」すら、よくわからなくなる。

そういう人からは何か新しいことを発想したり、粘り強く考えたりする力が失われる。

それだけならまだいいが、何かにワクワクしたり感動したり幸せを感じたりする力も、だんだん鈍っていく。

こうなるとなかなか厄介だ。

「他人モード」に由来する停滞感は、ネット時代に生きる僕たちの「生活習慣病」と言ってもいいだろう。

「直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN」3ページ

 

自身を振り返っても、クライアントワークで忙しい時期は、妄想的な自主プロジェクトのプランはどんどん先延ばしになる傾向があります。もっといえば、その存在すら忘れてしまっていることすら珍しくありません。これはある種、余白がない状態で自分の頭の中が他者のやりたいことに独占されてしまっているといえるでしょう。もちろん、他者のやりたいことに相乗りして共にビジョンがある場合はそれはそれで幸せなことですが、いつもそうとは限りません。

また、気がつくと話題の多くが一次情報を伴わないネット経由の情報ばかりになっているときがあります。フェイスブックやTwitterなどで情報の断片を集めては、それをネタに話す。メディアが発展した我々の社会では普通のことでしょうけれど、何かを創り出そうとする職業人にとってこれは非常に怖いことです。実体のないカラの体験に基づく空虚な発話や思考しかしていないからです。

その根底にあるのは、他者の行動や評価が気になるということだと思います。

私をはじめ多くの人々は他者の承認を気にしながら育ってきたと言えるでしょう。(私などは不真面目なので元来動機がないことをがんばれないタイプですが・・・)

  • 皆と同じような制服を着て学校に通う
  • 正解のある問いに答えて評価され進学
  • 親や世間がよいと認める組織に新卒採用で一斉に入社
  • 上司の求めるアウトプットを出し世間の平均以上の給与を得る

一方で、自分のまわりに一定数、自分モードがオンになり続けている人々がいます。それは藝大や美大出身者たちです。彼ら・彼女らは、上記の流れとは違う道を行っているケースが多いのではないかと感じています。あまりSNSをやっていなかったり、他者の情報にあまり執着していない様子が見受けられます。

藝大出身者は、そもそも他者の枠を超えたところに価値基準があるため、相対的に自分モードの側にいやすいようです。そして、いい仕事をされている方々は、自分と他人モードをうまく行き来されています。ただし、すぐにマネはできないです。

ではどうすればよいでしょうか。本書では、その一歩として毎朝15分でもいいのでネットや他者から距離を置き、自分と向き妄想を手書きで書きつける時間の提唱をしています。これはチャディー・メン・タン著「Search Inside Yourself」でも推奨されている方法です。

そして妄想を簡易イラストでもよいので視覚化し、アイデアの組替を繰り返し、アイデアを独りよがりでない水準まで引き上げて表現していく。

そのプロセスは、まるで芸大に留学していたときのアイデアプロトタイプ制作、グループ批評、プロトタイプ手入れ、批評の繰り返しのプロセスと同様です。地道であり近道なしの王道。だからこそその妄想は、根気よくできる「好き」「興味があること」である必要があるのです。

弊社でも、様々な形式のリサーチを行っています。その中でも、新たな事業や商品・サービスを生み出すプロジェクトでは初期に顧客や生活者を調べる前に、まずはプロジェクトメンバー自身のそれぞれの心の中こそサーチする対象であることが成功の大事な要素であることを再認識したところです。

そしてもっというと、自分がどんなことが好きなのか、仕事や生活は楽しいか、という根本的な自分のエネルギー源について考えるきっかけにもなりました。

 

参考リンク


[文責:栗原]