今あるものでイノベーションを生む、究極のインド発デザイン思考「ジュガード」

実は、pearのインドとの繋がりはかれこれ8年。メンバーの鬼頭がインド国立デザイン大学院で教鞭をとっていたことや栗原もフィールドワークを行ったこともあり、生活の中でも興味深い体験をしてきました。その中でも、Jugaad(ジュガード)というインド人のメンタリティを理解する上で重要な言葉があります。

この言葉は「斬新な工夫による応急処置」[文献1]という意味で、インドで暮らすとときどき耳にする概念です。Wikipediaによれば英語ではhackという言葉に近いとありますが、実際はもう少し多義的な意味を含んでいるようです。

語源は、1980年代にパンジャーブ州の村人達がありもので工夫して作った車の呼称に由来しています。専門家がいないためデザインは言うまでもなく、安全性への配慮も、車に関する規制への準拠も何もなかったため、この車によって搭乗者も歩行者も多くの事故が起きたいわくつきの車です。

©Wikipedia

そのような経緯から、限られた資源の中で工夫して物事を成し遂げるという付加価値を含んだ意味と、突貫や突飛なアイデアでなんとか対処できるものをこしらえるという消極的な意味の両方を含む多義的なワードになっています。

有名な事例では、電気洗濯機でラッシーをかき混ぜるレストランや電気の要らない水冷冷蔵庫の開発や足漕ぎ洗濯機などはジュガードによるイノベーションの成功事例でしょう。道には電気を使わないでサービスが提供できる機械があふれています。サトウキビ絞りもそうです。

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電気の要らない人力きび砂糖しぼり機

私が、実際のインドでの生活でこの言葉を実際に聞いたのは、デザインスクール出身の友達が発泡スチロールの緩衝材が入っているバイク用ヘルメットの中に氷を入れてクーラーボックスとして使っているのを見たときである。思わず「ジュガードだ!」と思ったものです。

そういえば、インドの住まいでは延長プラグがほしいといったところ、校内のエンジニアがその場で工作してこのようなマルチタップを作ってくれました。

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ジュガードには6つの哲学があるといいます。[文献2]

  1. 逆境で一発逆転のチャンスを探す
  2. 少ない投資で最大の効果をえる
  3. 柔軟に考え行動する
  4. シンプルさを維持する
  5. 今主流ではないユーザー層のことも考慮する(例えば、電気が来ていない)
  6. 直感に従って行う

最後にはなんとかなる!といったインドならではの楽観的な考え方でいま目の前の問題に着手し、更に逆境でも逆転ホームランを狙うようなことは一般的です。

たとえば、実際にあった話。とあるインド企業の社長がある日突然アポ無しで真っ青な顔で日本企業との重要な会議に備え、急遽社員として会議に出席してほしいとインド企業に頼まれ、もう名刺まで作られていたなんていうことがありました。これは頼みにしていた日本語を話せる社員が急に出られなくなり、最後の数時間でなんとか探して間に合わせるという、強引ではあっても、土壇場でなんとかしてしまうジュガードの精神といえるでしょうか。ちなみに、ジュガードを得意としている人をジュガードゥと呼ぶそうです。
特に上記の六点では、2と3にインド人のジュガード哲学が表れています。創意工夫とでもいうのでしょうか、何でもすぐに手に入る日本とは違い、手に入るもので工夫してつくりあげることで結果として独創的なものが生まれたりします。

ジュガード精神でプロトタイピングを行いイノベーションを生む

限られた資源、能力、予算の中で、なんとか目的を叶えるという問題の本質から考える柔軟な発想は、学ぶところがあります。
“Jugaad in Action”はジュガードイノベーションの具体的事例を集めたサイトです。

Embrace Co-Founder and CEO Jane Chen(下記動画)さんの会社は、スタンフォード大学デザインスクール(通称D-school)から発足したインドに相応しい保育器を考えた末生まれた事例です。このD-schoolはデザイン思考をリードするIDEOの創業者が創設した有名なスクルールです。

 

通常、保育器は病院にあってプラスチックのケースでできており赤ちゃんの健康を維持するのに必需品です。しかし、インドでは病院に通えない人が多く乳児死亡率を押し上げていました。

そこでDスクールの異なる専門の学生が集まり、現地で徹底したフィールド調査をして体温を保温できれば機械である必要がないことと、インド人は医師の処方を守らず自分でさじ加減するから、その点を改善することが一番大事だということに気がついたメンバーが低予算で開発し普及させた商品です。(クリエイティブ・マインドセット 想像力・好奇心・勇気が目覚める驚異の思考法に詳しく出ています)

先に上げたジュガードイノベーションの6要素を引用しました。それらとEmbrace社のようにリサーチで得た本質的な示唆(インサイト)を、既成品の先入観から自由になってどのように製品やサービスにしていくか、試作品とテスト、手直しというプロトタイピングを繰り返しながら素早くシンプルに形にしていくという点でもジュガード精神は活きています。その点から考えても、イノベーションという文脈では、学ぶところの多い精神だと思います。

 

参考リンク
インド人コンサルタントが教えるインドビジネスのルール

Jugaad Innovation: Think Frugal, Be Flexible, Generate Breakthrough Growth