ビジネスにおけるエスノグラフィーとは

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エスノグラフィーの方法はいつどのような目的で使うのが適しているのか、という質問をよく受けます。特に、多くの会社で馴染みのあるフォーカス・グループインタビューやデプスインタビューとどう違うのかという点を説明してほしいというリクエストもいただきます。

ビジネスの場において、エスノグラフィーとはどのようなものを意味するのでしょうか。

「ビジネスにおけるエスノグラフィー(民族誌学)とは、ユーザーや消費者がサービスや製品を利用する日常の場を観察することで理解を深めるアプローチを指す。フィールド調査、訪問観察、参与観察などとも呼ばれ、定性リサーチの一つ」(「Ethnography for Marketers」p6-7より)

もともと、民俗学や人類学の研究手法で、研究対象の民族とともに暮らしながら、その発見をフィールドノートに記録して理解を深めるアプローチだったものがビジネスに応用されたものです。アカデミックとの違いは、費やせる時間が少なくタイトであることやクライアントの課題解決が目的であることです。そのことにより、仮説をうまく持って現場に望むことが重要になります。このあたりのさじ加減には方法論を持っておくことと経験が必要だと思います。

よくマーケティング・リサーチで実施される定性リサーチには、フォーカス・グループインタビュー(6人くらいのグループに対してインタビューを行う方法)やデプスインタビュー(一人に対してのじっくりインタビューを行う方法)があると思います。これらは、ミラールームのある部屋でインタビュアーと対象者が会話しているのを、こっそり(?)裏から見聞きすることもできます。これらの手法とエスノグラフィーの違いを生むのは、そのインタビューと観察が行われる環境です。

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デプスインタビューとエスノグラフィーの違い

上記、二つの比較をするとアプローチの多くの点では、一見、通常のインタビューもエスノグラフィーも似ている点も多いです。しかし、決定的に違うのは、観察対象でしょう。

一番大切なのは、ユーザーが実際にサービスや製品を体験する場で、表層的な回答の裏側にある深い意味や本音を理解することを目的とする点です。

言葉だけではなく、態度や表情、持ち物などの観察記録もデータとして理解の助けとなります。

特に買い物のシーンでは、実際に売場で感じていることをリアルタイムで聴き、買い物を終えたらすぐに深く振り返ってもらうことは新鮮な記憶を元に多くの気づきを抽出することができます。しばらく経つと、忘れてしまい肝心のポイントは抜け落ちてしまいがちです。

また、発言の裏にある本音を見ぬくことです。「健康にこだわって生活している」と対象者が発言しても、実際に冷蔵庫に入っているものが野菜はなく加工食品ばかりであれば、「健康」や「こだわり」に文字通りではない解釈が必要となります。この辺りは、リサーチルームに出向いてもらった場合では、真偽を確かめるのは難しく、対象者が偽りの発言をしても見ぬくのはインタビュアーの高度な技術が求められますし困難も伴います。

イリノイ工科大学デザインスクール教授のヴィジェイ・クーマー氏はエスノグラフィのアプローチを「『人々が言う』ことから人々が『実際にやっていること』へと視点を変えるアプローチ」(『101デザインメソッド』P10)であると述べています。

更に、こんな事例もあります。あるエスノグラフィープロジェクトで、あまり積極的に語ってくれない40代の男性と出会いました。もっとも、初対面に近い人に自分の趣味や日常生活を必要以上に話さないことは普通なのかもしれません。質問をしても、口数は極めて少ない方でした。

これは趣味はほとんどお持ちでないのか、信頼を得られていないなと思っていましたが、家の中を拝見していたときに、高価なカメラや本棚には資格試験の本やゲームの攻略本がたくさん並んでいるのを発見しました。それを見ながら尋ねると、些細な趣味です、とおっしゃるとともに、いくつかのことを教えてくれました。この例など、普通にインタビューだけしていたら情報としてあがってこなかったのではないでしょうか。

現場では、観察の記録に写真をたくさん撮っておくことで、その場での発見だけではなく、のちのちその写真を振り返りながら議論することで更に多くの気づきが浮かび上がってきます。

最後に、エスノグラフィーには、対象に一切介入せず観察だけするというアプローチもあります。例えば、お店で来店者をひたすら観察するとか、若者の集まる町で定点観測するといった方法です。これをする場合は、その場でインタビューをすることが禁じられている場合や、インタビューをすることで自然な状態を壊してしまう場合があげられます。ただ、インタビューをして心理を理解しながら観察をする方が得られる情報は多いとはいえます。

エスノグラフィーのアプローチは、アンケート調査やグループインタビューに比べればサンプル数は少なくなりがちですが、得られる情報が広く深く深層心理に迫るのに役立ちます。次回は、エスノグラフィーが有効に機能するビジネスの段階についても考察してみようと思います。